聖書には改ざんされた箇所がありますか
いいえ。そのことは,
書 き写 す時 に間 違 いが入 り込 むことはなかったのか
古 い翻 訳 聖 書 の中 には,ヨハネ第 一 5章 7節 に次 のような言 葉 が含 まれているものがあります。「天 において……御 父 と御 言 葉 と御 霊 ……この三 つは一 つなり」。しかし,信 頼 できる写 本 を見 ると,こうした言 葉 が原 文 には含 まれていなかったことが分 かります。後 に書 き加 えられたのです。 a そのため,定 評 のある現 代 の翻 訳 聖 書 には含 まれていません。真 の神 の名 前 は,古 代 の聖 書 写 本 に何 千 回 も出 ています。しかし,多 くの翻 訳 聖 書 では,それが「主 」や「神 」などの称 号 に置 き換 えられています。
今 後 さらに多 くの間 違 いが見 つかる可 能 性 はないのか
これまでに
ヘブライ
語 聖 書 (旧 約 聖 書 )の本 文 について,学 者 のウィリアム・H・グリーンはこう述 べています。「古 典 の中 で,これほど正 確 に伝 わってきたものはほかにないと言 っても差 し支 えないだろう」。ギリシャ
語 聖 書 (新 約 聖 書 )について,聖 書 学 者 F・F・ブルースはこう書 きました。「多 くある古 典 作 品 の信 ぴょう性 を疑 う人 などいないが,新 約 聖 書 に関 する証 拠 資 料 は,古 典 作 品 の証 拠 資 料 をはるかにしのいでいる」。聖 書 写 本 の権 威 であるフレデリック・ケニヨン卿 はこう述 べました。人 は「聖 書 全 体 を手 に取 って,幾 世 紀 にもわたり本 質 的 には何 一 つ失 うことなく代 々 伝 えられてきた紛 れもない神 の言 葉 を手 にしている,と恐 れずに,またためらわずに言 えるであろう」。
聖 書 が正 確 に伝 えられてきたと確 信 できる理 由 がほかにもあるか
ユダヤ
教 の写 字 生 もキリスト教 の写 字 生 も,神 の民 が犯 した重 大 な過 ちの記 録 を残 しました。 c (民 数 記 20:12。サムエル第 二 11:2-4。ガラテア 2:11-14)ユダヤ国 民 の不 従 順 を非 難 している記 述 や,人 間 が作 り出 した教 理 の間 違 いを暴 いている記 述 も残 しています。(ホセア 4:2。マラキ 2:8,9。マタイ 23:8,9。ヨハネ第 一 5:21)こうした箇 所 を正 確 に書 き写 したことから,写 字 生 たちが信 頼 でき,神 の神 聖 な言 葉 である聖 書 に深 い敬 意 を持 っていたことが分 かります。聖 書 を書 くように人 間 を導 いた神 が,その後 も聖 書 が正 確 に伝 わっていくように見 届 けるのは,筋 の通 ったことではないでしょうか。 d (イザヤ 40:8。ペテロ第 一 1:24,25)神 は聖 書 によって,大 昔 の人 たちだけでなく,現 代 の私 たちをも助 けようとしています。(コリント第 一 10:11)「以 前 に書 かれた事 柄 は皆 ,私 たちを教 えるために書 かれました。そのおかげで私 たちは忍 耐 でき,聖 書 から慰 めを得 られるので,希 望 を持 っていられます」。(ローマ 15:4)イエスと
弟 子 たちは,ヘブライ語 聖 書 の写 本 から何 度 も引 用 しました。間 違 いが入 り込 んでいないか心 配 することはなかったので,正 確 だと確 信 していたことが分 かります。(ルカ 4:16-21。使 徒 17:1-3)
a これらの
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